大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和40年(う)2号 判決 1969年3月25日

旧本籍

台湾省台中県員林区二水圧三六三番地

住居

大阪市北区天神橋筋五丁目九番地

遊技場等経営

武村森吉こと

李敬治

大正七年四月二二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和三九年一〇月一二日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、原審弁護人伊場信一から控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 寺下勝丸 出席

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人伊場信一作成の控訴趣意書に記載(四の(ヘ)の(1)、(2)を除く)のとおりであるからこれを引用する。

控訴趣意中二ないし五について

論旨は原判決の事実誤認を主張し、要するに(一)原判示パチンコ店「三福」は、名実共に黄土宝が経営しているものであつて被告人のものではない、(二)所得金額について原審が財産増減法によつて計算したのは不当であり証拠裁判主義に反する、(三)原審認定の申告洩れ所得金額に誤がある、(四)本件所得金額の申告洩れについては被告人に脱税の犯意がない、というのである。

よつて判断するに、原判決の挙示する証拠によれば、原判示事実はその証明十分である。所論の諸点について、原審で取り調べたすべての証拠に当審における事実取調の結果を参酌して検討するに、まず、パチンコ店三福の経営主体の点については、黄土宝は検察官に対する供述調書中で「昭和二九年九月、天王寺区上本町七丁目五七番地の被告人の持家を一ケ月五万円の家賃で借り受け、そこでパチンコ店「三福」を始めた。ところが「やくざ」の出入りがうるさく、開店後三ケ月してから家賃も月一五万円にしてくれといわれ、元来このような商売は私には向かないのでやめるつもりになり、「三福」の設備等一切を三五〇万円で被告人に売り渡した。被告人は私の後を引き継いで「三福」を経営しているが、私は、機械の調整等技術面を見てやつており、店の経営には一切関係していない」旨(九一八、九一九丁)供述しており、被告人も検察官に対する供述調整中(七五〇丁)でほぼ同旨の供述をし、収税官吏作成の被告人に対する質問てん末書中で「三福を自分の名前にしなかつたのは、二つに分割すると所得税が安くなるからである」旨供述している(七一五丁)こと並びに原審第六回公判調書の証人吉岡幸重の供述記載(以下単に証言ないし供述という、他の証人についても同じ)中「三福」の実質上の経営主体が被告人であるとわかつた理由について、それは被告人の自供のみによつたのかとの問に対する「それは、捜索の当時被告人の自宅に三福パチンコ店の三ケ月間の収入を書いた記録があつたからである」旨(三六七丁)の供述を総合すれば、パチンコ店「三福」の実質上の経営主体が被告人であることを認めるに十分である。所論は、パチンコ店「三福」は黄土宝が被告人の妻李氏桃の所有家屋を月五万円の賃料で借り受けて経営を始めたもので、昭和二九年に賃料を月一五万円に値上げする旨の通告を受け、黄がこれを拒否したことから紛争が生じ、黄は立退料四〇〇万円を条件として三福を明渡す旨を表明し、結局被告人が「三福」開店当時黄に貸付けていた一〇〇万円の返済分と右立退料の資金分の計五〇〇万円の利潤が「三福」パチンコ店に積み立てられるまでは黄がそのまま「三福」の経営を続け、被告人はその経営に干渉することとし、あたかも銀行管理に類似する形で、黄から「三福」の一切の収支を被告人に報告させる約定で和解をし今日に至つている旨主張し、黄土宝も原審においてほぼこれにそう供述をしている。しかしながら、右黄証言は、これをしさいに検討してみると、右一〇〇万円の貸借について借用証書も作成しないような親しさ(六八六丁)でありながら、わずか一年足らずの間の賃借営業で、店の改造費としては被告人から借りた六〇万円とほかにいくらかの借用金および自己の若干の手持金とを要しただけであるという(六八五丁)にもかかわらず、四〇〇万円もの立退料を要求するということじたいすでに不自然であるのみならず、一方では計五〇〇万円の資金がたまるまで営業するといいながら、その会計は一切被告人側にまかせて、税金の申告、納入等もすべて被告人が行つていて黄としてはその内容も知らず(六八二丁、七〇〇丁)、またそれは昭和三六年を限度として自分は被告人に一〇〇万円を返し被告人から四〇〇万円を受け取りさえすればよいからであるといいながら(六八二丁、七〇二丁裏、七〇六丁)右証言の行われた昭和三九年六月二六日(第一五回公判期日)に至つても右五〇〇万円の処置について何らの話し含いも行われていないなどあいまいかつ不自然な点が多く、前掲各証拠に照らし信用できない。所論は、前掲被告人に対する質問てん末書、被告人および黄土宝の検察官に対する各供述調書等はいずれも当該係官の威圧に基く誘導尋問によつて作成されたものであつて任意性がないというのであるが、前記吉岡幸重の証言(前掲引用部分のほか四七二丁)、原審証人阪岡正義の供述(四四六丁以下)、黄土宝の証言(八六九丁)に照らせば、右各供述調書の任意性はこれを認めるに十分である。つぎに財産増減法)による所得計算の点について、所論は、原判決中の「損益法によつて所得金額を認定することがより妥当な方法であるとはいうものの、それは関係書類が完備し直接に損益計算をなしうる場合のことで、本件の如く個人企業であつて、正確に記帳された帳簿書類が整備されていないため損益法により難い場合には資産増減法(財産法)によつてもその算出が可能であることは一般に是認されたところである」旨の判示をとらえて、右は証拠資料に乏しいときは証拠能力が十分でない証拠でも犯罪認定の証拠として是認されるとするものであり、証拠裁判主義に反するというのであるが、原判決の「損益法による所得金額の計算がより妥当な方法である」旨の判示は、損益法によれば損益の発生源泉による表示が可能であり、所得増減の経過が明確になる等の点でより妥当としたに過ぎないものと考えられるのであつて、損益法が複式簿記による記帳を前提とするものである以上その記帳のない場合に、当該年度の期首における総財産(債務を含む)と期末におけるそれとの差をもつてその年度の総所得金額とするいわゆる財産増減法によつたからといつてそれが不正確なものであるとはいえない。原判決は証拠によつて右期首および期末の総財産を認定して当該年度の所得金額を算定しているのであるから証拠裁判主義に反するものでないことは明らかである。つぎに、申告漏れ所得金額を認定した理由については原判決がそれぞれ詳細に判示しており、右判示は十分首肯しうるところであつて、いずれも所論のような誤は認められないが、所論の諸点について一部補足すると、まず三井銀行堂ビル支店の五〇〇万円の無記名定期預金が所論のように、進藤すみ子のものでないことは、原判決挙示の証拠のうち収税官吏作成の進藤すみ子に対する質問てん末書中「私は被告人から煙草屋をまかされて経営することになり、昭和三〇年暮頃からは内縁関係になり二人の子供もできている。生活費、店員の給料等が高くつくので、毎月被告人から二万円ないし三万円ほど援助してもらつており、子供の病気その他臨時に必要な場合は別にもらつている。自分の財産としては、大和銀行梅田支店に定期預金三〇万円、子供分として二〇万円ほどあり、店用としては大和銀行梅田支店に普通預金、当座預金が少々ある。この外には銀行預金や不動産などは何もない」旨(八四二丁)の供述により明らかであり、地上権の取得価額の点については、地上権が形式上別個に売買の対象として評価取引されている場合であつても、原判示のように建物を使用する目的はなくその敷地を利用する目的で建物を購入し、その建物は購入後直ちに取毀し廃棄した場合にはその建物代金は結局土地利用権取得のために支出されたものというべきであつて、地上権の取得価額に算入すべきものであることは明らかであり(なお原判示中に「第五回公判調書中証人長江次郎の供述記載」とあるのは「第七回公判調書中証人長江次郎の供述記載」の誤であることは明らかである)、原審が、幸河徳治に対して支払われた二〇〇万円を建物の取得価額に計上した点について、所論は、右二〇〇万円は建物拡張工事に起因する隣家幸河徳治の営業損に対する賠償金であつて、当該年度の損金として計上するのが経理上の原則である旨主張するのであるが、幸河徳治の検察官に対する供述調書、同人の当審証言、不動産売買契約書(証三三号)幸河徳治作成の覚書、同領収証三通を総合すると、幸河徳治は昭和三四年一〇月五日被告人に対し自己所有の大阪市大淀区天神橋筋六丁目一五番地所在のトタン葺木造二階建間口三間半奥行約七間の内南側から間口約一間半の分およびその敷地(市有地)の使用権を代金計六〇〇万円で売り渡したが、当初の約束では建物は単に仕切りをして使用する約束であつたにもかかわらず、被告人側ではこれを完全に切り離してしまつたため、幸河側の建物は傾き、そのままでは使用できなくなつて改造工事が必要となり、しかも右工事期間の休業(食堂)をも余儀なくされたので、被告人と交渉した結果被告人は右の損害補償金として二〇〇万円を支払うこととなり、昭和三四年一一月一〇、同年一二月二五日、同三五年一月三〇日の三回に分割してその支払がされた事実を認めることができるのであつて、右の事業によれば、右二〇〇万円は、結局被告人が店舗拡張の目的をもつて買い受けた前記建物を有効に利用するため、すなわち右建物の価値を増加させるために支払われたものということができるから当然建物の取得価額に計上すべきものであり所論は採用できない。ローマパチンコ店、ローマ喫茶店の建物勘定についての所論は、ローマ喫茶店は昭和三二年一〇月に廃業してローマパチンコ店に変身し、右パチンコ店も昭和三三年一二月初旬に廃業して喫茶店「バツカス」に転身しているものであり、従つて昭和三三年および同三四年の各年末にはローマパチンコ店およびローマ喫茶店は残存していないにもかかわらず、原審は右両店の建物を利用して「バツカス」に改造したものであるから古い建物部分(ローマパチンコ店、ローマ喫茶店)の償却残高を資産勘定に入れるべきである旨判示しているが、「バツカス」の建物勘定中にはこれら古い建物部分も含めた当該建物全体の評価額が計上されているから、原判決は右三個の建物をすべて重複して計上していることになり明らかに誤である、というのであるが、原判決の記載並びに検察官の冒頭陳述書と被告人の検察官に対する昭和三七年二月二一日付供述調書とを対照すれば、原判決は、建物(店舗)勘定について、昭和三三年度分として地上権勘定として重複計上されていた二八五万円を減算した以外は、両年度とも右冒頭陳述書記載のとおりローマ喫茶店二七〇万円、ローマパチンコ店一五七万五、七〇〇円バツカスの当初価額三六〇万円の価額を認定していることが観取される。そして、右認定は主として右被告人調書によつていることが明らかであるところ、右調書中昭和三三年一二月のバツカスの改造は第一住宅に三六〇万円で請負わせた旨の供述(七七〇丁)および同調書添付の建物(店舗)に関する一覧表(八〇四丁)並びに鄭樹勲の検察官に対する供述調書中右同旨の供述(二五二丁裏)奥村和利の検察官に対する昭和三七年二月一二日付供述調書添付のバツカス関係減価償却明細書(一三五丁)を総合すれば、ローマパチンコ店の建物価額としては、ローマ喫茶店に対する改造費のみを、バツカスの建物価額としてはローマパチンコ店に対する改造費のみをそれぞれ計上しているに過ぎないことが認められるから、右三店の建物価額が重複計上されているとの所論は当らない、所論のうち林益嗣および大島良太郎に対する各貸付金について昭和三三年、同三四年中にそれぞれ返済を受けた旨の主張については、前記冒頭陳述書の貸付金についての記載(別表一、十一)並びに原判決添付の資産、負債増減表によれば、右両名に対する貸付金は右両年度共に資産として計上されていないことが認められるから、かりに原判示認定の預金その他の資産中に所論の返済金が含まれているとしても原判示所得の計算上何ら関係がない。つぎに脱税の犯意については、洋酒喫茶バツカスの営業責任者であつた鄭樹勲の検察官に対する供述調書中「バツカスでは税金関係のことは高田会計事務所でやつてもらつていたが、毎月の売上高は、実際の売上高の約一〇パーセントを除外した残りの金額を高田会計事務所に報告してきていた。これは大体毎月被告人に自分からその月の売上高を報告し、被告人から言われて行つていたものである」旨(二五〇丁)の供述、被告人の検察官に対する昭和三七年二月二一日付供述調書中「自分は昭和三二年四月頃から協栄鋳機株式会社代表取締役に就任し、同社の延滞電気代、労災保険金の立替、材料買掛金の支払等のために約一、九八〇万円ぐらいをつぎ込んだのに同年一〇月頃失敗し、債権者から破産をかけられる仕末で大きな損をしたり、ローマパチンコ店の失敗もあり、またバツカスを新しく開業したためその改造工事や設備に金がかかり、ナニワホールの拡張をやつて金がかかつたうえナニワホールでは地域的に保険会社が協定を結んで建物に火災保険をかけることができず、万一火事になつた場合の再起資金を蓄積しておかなければならないし、また多数の従業員をかかえてその生活を保障してやらなければならず、私の営業の基礎をかためたいという気持から、所得税の確定申告に当つて実際の年間の所得金額より少ない申告することは悪いことだと心がとがめていたが、ついそのような理由から昭和三三年分について七、八百万円、三四年分について千百万円から千六百万円の所得をかくして脱税することを考え実行してしまつた。当時パチンコ店三福およびナニワホールについては、会計の責任者中山に命じ、バツカスについてはマスターの鄭に命じて、それぞれ一ケ月分ずつ売上げや経費の報告を高田事務所の方にさせていたが、昭和三三年になつてからは、中山に高田事務所へ出す日計表に計上する売上げは実際の売上げから最低五%を除いた残りを記載しておくように命じておいた。バツカスは、開店まもない頃鄭に対し、売上帳に記載したり高田事務所の方へ報告する金額は、実際の売上げから七、八分を差し引いた金額を記載しておくように命じておいた」旨(七五七丁以下)の供述、収税官吏の被告人に対する質問てん末書中「三福パチンコ店を自分の名前で申告しなかつたのは二つに分割すると所得税が安くなるからである」(七四五丁)「実際の所得税を計算してみて大たいその七割ぐらいを申告していた。高田事務所へは、各店の責任者が伝票その他計算書を一週間か一〇日分まとめて持つて行くが、そのさい自分が目を通し、実際の売上げを操作し少ないものを持つて行かせる」(七四六丁)旨の供述並びに被告人は原判示のように多数の仮装名義を使つて銀行預金をしていた事実を総合すれば、被告人にいわゆる包括的な脱税の犯意の存在を認めるに十分である。所論は右鄭樹勲の検察官に対する供述調書は検察官の誘導尋問によつて作成されたものであつて任意性がないというのであるが、原審第二回および第四回公判調書の記載によれば、右調書は、第二回公判期日に証拠調の申請があつたが、同期日には意見が留保され、右第四回公判期日に同意のうえ取り調べられたものであることが認められるのみならず、むしろ右調書の内容は前記のように被告人調書とも一部相違する点がみられるほどあつて、検察官の誘導によつて作成されたものとは考えられない。また所論は、仮装名義の銀行預金の目的の大半は、万一の経営の危機にさいして債権者の追求を免がれるための予防にあるのが一般の例である旨主張するが、仮装預金をするについては、所論の目的のほか脱税目的も亦その大きな要素をなしているのがむしろ一般の例というべきである。所論は、本件確定申告は、所轄税務署の具体的指示に基き、被告人の委任した高田会計事務所事務員奥村藤市がその衝に当つたものであつて、その申告金額については、被告人は事後の報告を受けているに過ぎないから被告人に犯意はない旨主張する。なるほど本件確定申告が所轄税務署の指導を受け、右奥村藤市がその衝に当つて行なわれたものであることは所論のとおりであるけれども、単に税務官庁の指導に基いて申告したからといつて脱税の犯意がないとはいえないのみならず、右高田会計事務所に納税申告資料として届けられた書類が、被告人の指示に基き過少金額を記載したものであることは、前掲引用の鄭樹勲並びに被告人の各供述にみられるとおりであり、また原審証人奥村藤市の供述(五〇三丁、奥村和則の検察官に対する供述調書(一二五丁)によれば、高田会計事務所では、税務署の申告指導を受けたあと最終的には被告人の承諾を得たうえで申告書を作成提出している事実が認められるのであるから、被告人に脱税の認識の存することは明らかである。以上のとおりであつて、その他記録を精査しても、原判決には所論のような事実の誤認はない。論旨は理由がない。

控訴趣意中六について

論旨は原判決の量不当を主張する。よつて記録を精査するに、本件は、昭和三三年度六五一万四九〇円、同三四年度一、八二五万八、三〇〇円の総額二、四七六万八、七九〇円におよぶ脱税の事犯であつて、本件については、所得税申告にあたり所轄税務署側においても、被告人に対しある程度具体的な金額を示して申告を指示した事実がうかがわれないでもないこと、被告人は右の逋脱本税、過少申告加算税、重加算税、利子税を完納していること、本件発生前の被告人の各種納税成績は優良であつたことその他所論の諸点を参酌しても、原審が被告人に対し懲役一〇月および判示第一の罪につき罰金一〇〇万円に、判示第二の罪につき罰金二〇〇万円に処し、右懲役刑については二年間刑の執行を猶予した量刑が不当に重いとは考えられない。

よつて刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、同法一八一条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山崎薫 裁判官 尾鼻輝次 裁判官 大政正一)

控訴趣意書

被告人 李敬治

右の者に対する所得税法違反被告事件の控訴趣意を左の通り述べる。

一 本件控訴事実の如く被告人が、昭和三十三年及同三十四年の両年間における所得を所轄税務署に確定申告するに際し、その申告金額が、実際の所得金額と相違していた事実には異論はないが、有罪の認定、刑の量定については、以下述べるが如き事実及び理由をもつて承服できない。

二 第一に、大阪市天王寺税務署に黄土宝名義でその所得の申告をしているパチンコ店「三福」は、名実共に黄土宝がこれを経営しているものであつて被告人のものでは決してない。

蓋し

(イ) 原審は、右の弁護人の主張を斥けて証人黄土宝の原審証言があいまいであると判示しているも、右証言内容は仔細にこれを検討するとき些かの疑をも容れる余地のない程極めて明確である。

(ロ) 原審認定の根拠となつている収税官吏作成の被告人に対する質問てん末書、被告人及び黄土宝の検察官に対する供述調書等はいずれも当該係官の威圧に基く誘動尋問によつて作成されたものであつて寸毫の任意性もない。

然して原判示証人吉岡幸重及び阪岡正義の証言は、両名共に本件告発の資料を作成した直接の担当者であることに鑑み措信し難い。

(ハ) 抑も右「三福」は、黄土宝が、昭和二十八年三月十六日被告人の妻李氏桃の所有家屋を賃料月額五万円で借受けて経営を始めたものであつたが、其の後僅か一年を経た翌年に右賃料を三倍の十五万円に値上する旨の通告を受けたので黄土宝はこれを拒否し、ために両者が相当もめぬいた。

その結果黄土宝は、立退料四百万円を条件として、右三福を明渡す旨の意思を表明した。

ところが、三福開店当時、被告人が別途黄土宝に壱百万円を貸しつけていてその返金が未納になつていたので、被告人がその取立てと前記立退料の資金調達のため合計五百万円の利潤が三福パチンコ店に於て積立てられる迄その経営に干渉し、恰も銀行管理に類似する形で三福の一切の収支を被告人に報告せしめる約定で前記紛争の和解をなさしめて今日に到つているのであつて、従て三福パチンコ店の経営者は終始、黄土宝であつて被告人では決してない。

この点原審は、事実誤認の違法がある。

三 第二に、原審判示の被告人の所得金額は、財産増減法によつて計算されたものであつて、右の方法は単なる推定証拠に過ぎないとして、その証拠価値を否定した弁護人の主張を斥けて、「所論の損益法によつて所得金額を認定することがより妥当な方法であるものの……正確に記帳された帳簿書類が整備されていないため損益法により難い場合には財産増減法によつてもその所得金額の算出が可能であることは一般に是認されたところである」と原審は判示しているのは言葉を変えれば「所得金額を認定すべき正確な資料に乏しい場合には稍妥当を欠く財産増減法で算出することが一般に是認される」との趣旨に解される然して右は「証拠資料に乏しいときは証拠能力で充分でない証拠でも犯罪認定の証拠として是認される」とするものであつて現行刑事訴訟法の証拠裁判主義を骨抜きにする所論と言わねばならない。

四 第三に、原審判示の申告洩れ所得金額に誤りがある。これを原判示各勘定科目別に述べれば次の通りである。

(イ) 五百万円の無記名定期預金

三井銀行堂ビル支店の無記名定期預金五〇〇万円は当該届出印鑑の所有者進藤すみ子のものであつて被告人のものではない。

原審は右の事実を否認する理由として

(1) 証人吉岡幸重の証言をあげているが、右証言は曖昧であつて措信し難い。

(2) 阪岡正義作成の銀行調査書類も右否認の証拠としては充分でない。

(3) 原判示のとおり進藤すみ子は被告人と特殊な関係にある女性であるとしても、右預金は、同女のものでない証拠とはならない。寧ろ反対に被告人から右預金の金員の贈与を受ける可能性が多いことの証拠となり得る。

(4) 他の銀行に同女の定期預金が殆どないことの原判示は否認の理由となり得ない。

(ロ) 地上権

(1) 原判示は、幸河徳治に対する三六万円、原田緑に対する四万円は土地利用権取得のために支出したものであるから地上権の取得価額に算入すべきであるとしているが、当該建物の購入費は原判示地上権として支払た金額以外に建物自体の購入のために支払た金額である。地上権を特別に売買の対象とすることなく地上建物のみをその対象とする場合は、当該建物購入費中に当然に地上権の購入費も含まれようが、本件の如く地上権が別個に売買の対象として評価取得されている場合は建物の売買価額は文字通り建物自体の売買価額であつて地上権とは何の関係もないのが世上一般の取引慣習である。従て当該建物を廃棄した場合は、当然に損金として計上されるべきである。

(2) 幸河徳治に対して支払われた二百万円はパチンコ店拡張工事のために支出されたものであるから地上権に算入すべきでないとした原判示は正しい。然し右費用は資産取得のために支出されたものであるとの理由だけでこれを建物の取得価額に算入した原判示は誤りである。

蓋し、本件補償は原審も認定している通り建物拡張工事に起因する隣家幸河徳治の営業損に対する賠償金であつて当該年度の損金として計上するのが経理上の原則である。仮に原判示が正しいとすれば、建物に関聯しての第三者に対する各種の損害賠償金が総て当該建物の資産勘定に算入されることとなり誠に奇怪な結果となる。

(ハ) ローマパチンコ店、ローマ喫茶店の建物勘定

右の中ローマ喫茶店は昭和三十二年十月に廃棄してローマパチンコ店に変身したものであり、右パチンコ店も昭和三十三年十二月初旬に廃棄して喫茶店「バツカス」に転身しているものである。従て昭和三十三年及同三十四年の各年末にはローマパチンコ店及びローマ喫茶店は残存していないので右計上は全然誤りである。

然るに原審は右両店の建物を利用して「バツカス」を改造したものであるから古い建物部分の償却残高を資産勘定に入れるべきであると判示しているも右は明らかに誤りである。蓋し仮に原判示が正しいとすればローマ喫茶店とローマパチンコ店の償却残高は重複している事となる。加之「バツカス」の建物勘定中にはこれ等古い建物部分も含めた当該建物全体の評価額が計上されているのであつて従て原判示は前記三個の建物が総て重複して計上されていることを肯認するものであつて明らかに誤つている。

(ニ) 貸付金

原審は林益嗣に対する貸付金百万円、大島良太郎に対する貸付金六十万円はそれぞれ昭和三十三年、同三十四年中に返済を受けている事実に関する右両人の証言を信用し難いとして右の事実を否認しているが、右証言内容は極めて明確であつて原審裁判官か何れの部分を信用し難いとしているのか不明である。右証人は何れも債権者本人であつてその証言を措いて何者の証言を信用し得るものか不可解である。

(ホ) 三福パチンコ店分の設備

原審は右パチンコ店の経営者は被告人であるとして同店の設備費を被告人の資産勘定に計上しているも右経営主体は原審の誤認であることは前述のとおりであるから右計上は削除すべきである。

(ヘ) 預り金

(1) 従業員からの預り金が昭和三十三年末四十万七千円、同三十四年末三十八万五千円がそれぞれ計上洩れであることは原審提出証拠の「預り金一覧表」に照し明白である。原審は「各人別の預り金明細を記載した帳簿書類の存否さえも明かでない」と判示しているも右「預り金一覧表」こそ原判示の所調各人別の預り金明細表であつて原審はその認定を誤つている。

(2) 加藤電気店よりの預り保証金三十万円が計上洩れになつている事は、原審提出証拠の加藤泰賢の「証明書」に徴し明白であつて原審はこの証拠を見逃している。

五 第四に、本件所得金額の申告洩れについては被告人に、脱税の犯意が全然ない。

原審は、これに反し犯意の存在を認めた証拠として

(イ) 鄭樹勲の検察官に対する供述調書を重視しているも右は、検察官の誘導尋問によつて作成されたものであつて任意性に乏しい。

仮に然らずとするも右供述は「バツカス」の所得に関する供述であつてこれを以てその他の所得源から生ずる一切の所得に関してまで拡張類推することは証拠法上許されないところである。

(ロ) 更に原審は、仮装名義の銀行預金の存在を挙げているが、斯くの如き仮名預金は浮沈の甚しい商売人の殆どが事実上行ているものであつてその意図の大半は、万一の経営の危機に際して債権者の追及を免れるための予防にあるのが一般の例であつて、仮名預金即脱税と即断した原審は、著しき事実誤認の違法がある。

(ハ) 尚三福パチンコ店の名義詐称は事実無根である事前記の通りであつて、これを以て判示認定の根拠とすることは無理である。

抑も本件確定申告は、所轄税務署の具体的指示に基き被告人の委任した高田会計事務所事務員奥村藤市がその衝に当つたものであつて、その申告金額については被告人は事後の報告を受けているに過ぎないのが真相である。従て被告人に過少申告があつたとしても、その事実については被告人に監督責任が無かつたとは言い得ないが犯意は絶対に認められない。

この点で原審の有罪認定は違法である。

六 前項の主張が仮に容られないとしても次の理由によつて原審の刑の量定は非常に重きに過ぎ相当程度の減刑が至当であると信ずる。

(イ) 被告人は、本件所得税の更生決定通知を受けるや申告事務の他人任せのため斯様な間違いを起した事を深く悔悟し速かに更生決定の本税、加算税等の金額を完納した事。

(ロ) 被告人は本件発生の原因は、会計組織の貧弱杜撰性にあることを自覚し新に公認会計士中谷政男を顧問に加えて帳簿組織の近代化を図るに到つた事。

(ハ) 本件過少申告は、所轄税務署の指示額に従て行つた事。

(ニ) 本件発生前の被告人の各種納税成績が優良であつて数回に亘りその表彰を受けていること。

(ホ) 被告人の人となりは、極めて温厚篤実であつて非常に善良なる市民であること。

(ヘ) 原審のような重い刑罰を科する事情が乏しいと思われること。

以上の趣旨により原判決は破棄されるべきものと考える。

昭和四十年二月二十四日

右弁護人 伊場信一

大阪高等裁判所

刑事部 御中

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例